まっくろくろすけ体験記

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facebookページのほうに、2019年2月の見学の後ノートとして投稿してものを、大事に思っているのでここにも再録しておきます。

まっくろくろすけ体験記byYuki(スタッフ)

(2月11日~14日まで、兵庫のデモクラティックスクールまっくろくろすけに研修参加してきました。自分用ノートの中から一部、シェアします。)

日々の風景
7部屋ある平屋の母屋と、2階のある蔵を改装した離れ。グラウンドやピザ窯の前のベンチ席も含めて、スペースはたくさん。
30人前後の子どもが毎日つぎつぎとやってきて、思い思いの場所に陣取って、好きな姿勢で好きなことを始める。
今はたいがいそれぞれのゲーム機やタブレットでゲーム。毎朝8~9歳くらいの男の子二人が仲良く並んでこたつをカタツムリみたいにしょってお互いゲーム機を持ってゲーム。朝から必要な時以外はずっとデスクトップパソコンでマイクラしている男の子。中学生くらいの男の子もこたつにそれぞれ陣取ってゲーム。
巨大なテレビはゲーム機のモニターとしてやっぱり朝からずっと稼働している。(最近予算に余裕がでて、子ども予算で合議で買ったそう。)対戦したりひとりひとりやったり。大きい画面だから常にギャラリーもいる。
蔵の一階にも2階にも巨大なテレビモニターがあって、ゲーム機をつなぐことができる。そっちに直行という子もいる。
女の子は女の子で別の部屋で寄り添っておしゃべりしたりそれぞれ黙々としたりしながらゲーム。
何台ものゲーム機にみんな向かっているんだけど、部屋はなんだか会話と活気がある。
多くの子がゲーム機持ってるからといって、起こっていることが一律単調ということはない。「ゲーム」してる、とひとまとめにする人が大人に多いかもしれないだけで、子どもにとってはすごく「いろんなこと」「いろんな展開」。コミュニケーションもそれによってものすごく起こっている。
窓の外には大きな円形のトランポリンがあって、毎日誰かがいろいろなことして遊んでいる。グラウンドでもいろんなことが起こる。バスケット、追いかけっこ、なんだかわからないいろんな遊び。
毎日お昼ご飯を姉の分までキッチンでスタッフと一緒に作る弟。
たき火が始まり人が集まる。木を切る、削る。
美しいフルートやピアノの練習音が聞こえてくる。フルートは、タブレットで練習用のアプリをみながら吹いていた。卒業生のボランティアが、中学生の男の子にギターを教えていた。週に一回はバンドの練習がある。かなり上手。
静か部屋とのんびり部屋という個室があって、スタッフの誰かがいないなと思ってそっと覗くと、子どもの誰かと一対一の勉強が始まっている。
朝と3時に日々ミーティングがある。
朝は、日々の連絡、お金の出し入れ、スタッフの予定の確認、車やスタッフの予約など。
結果として、主にスタッフやミーティングに意識の高い子で毎日回しているが、全員にオープンでみんな何がその時間に行われているか承知していて、必要のある子供は次々に来る。全員に図るべきことはちゃんと全員を招集する機会に回される。
「野外活動部で3000円の予算を承認されてものを買ったら3317円だった。317円はどうしたらいいか」「その場合は子ども予算からカバーという話になっている。議題に出しといてください」
「このミーティングが終わったら、マックスバリューに買い物に行きたいからスタッフと車を借りたいです」予定を確認して「OKです」などなど。
勉強のための参考書も申請して予算で通っていた。自学のために子どもが申請するもの、教師を頼まれたスタッフが選んで買うものと両方。英語、国語、スペイン語などなど。
終わりのミーティングは、主にトラブルの解決とそうじの割り振り。
「困ったこと」という投書箱にその日入っていた紙を出して読む。いやだったことの苦情が多い。オープンに当事者をその場に呼ぶ。聞き取りをする。何があったのかを両方とみていた人がいたら第3者から。そのあと、訴えた人からどうしたいか聞く。誰も批判や解釈をせず事実がみんなの前でオープンにされることが日常になっている空気があり、その時点で半分以上本人たちの中でも気が済んでる感じのことが滞在中はほとんどだった。だから、スクールの基本のルール「みんなが安心して参加できるように、暴言をはかない、暴力をふるわない、いやなこと困ったことは、話し合って解決していく」ということにそって、さらっと具体的な解決策が提案されるだけで済むケースがほとんど。もちろん、いろんなケースが長い間にはあって、それを一生懸命みんなで解決していく中で積み重ねられた文化だと思う。
決して、暴言や暴力にきっちり細かい定義があったり、それがルールで「禁止」されてる、という窮屈な感じじゃない。実際毎日いろんなことが起こる。もめ事がどういうプロセスで解決されるのか、ということを、長い子ほどたくさん経験していて、オープンで、恐れていない感じがした。
こうした問題解決は、ミーティングの場でみんなの前での解決を当事者が望む場合だけ提出されるが、その場で子どもたちだけで同様の解決をしていく姿も見た。
そうじは、必要な個所(外も含めて)が10個くらい、曜日ごとに今日はこれこれと決まっていて、かならず一週間に一回全部の箇所に一回は掃除がなされる。全員が順繰りに当たる。どこをとるかはその日その日、当番のもので好きな場所をとっていく。重要なのは、その日の掃除箇所のほかに必ず掃除チェックとわすれものチェック係があること。チェックは誰でもできるわけでなく、経験の長い子がやることになり、責任がともなう。いいかげんなチェックをしない。
そうじはみんな、当然のものとしてちゃんとやってる。かなりきちんとやってる。これまでみたことのある、子どものそうじ風景のどれともちがった。
やりたいことだけやる、という自分自身についてのことと、きちんと分担を担うべき、全体のためのことが、しっかりわけて考えられている。そうじは学校の維持管理。大人がやってあげるということはない。
掃除が終わるとまた、終了時間までフリー。朝と同じようにゲームやトランポリンなど思い思いの格好で思い思いにしている。会話で部屋はあふれている。
始業時間、終了時間は、みんなちゃんと守る。入っていい時間の前に来た子は、門の外で時間まで待つし、時間になったらみんな帰る。
もうすぐ来年度の学費を決めたり、卒業希望のメンバーを卒業認定するなどの重要な内容のある保護者を含めた全体の総会があり、その準備会議も行われていた。実行委員の子どもが参加していて、大人と完全に対等に話して進めていた。理念で言っていても、自分たちのスクールではまったくそこまで行くことがなかったことが、現実に目の前で起こっている姿を見れたのは意義が大きかった。
今回自分は研修という形で参加させてもらったので、スタッフの方ともたくさん話ができたし、中学生年齢の4人とミーティングゲームって言う形でじっくり話し合うチャンスもあった。
話し合いの好きで得意な子も、よくわからんっとか、こういうの苦手、という子も、みんな素直に自己表現しているので話し合いはおもしろく、一時間近く話している間に協力体制がちゃんとできた。貴重な体験だった。
今のようなシステムが出来上がるまでにいろんな過程を経ているそう。試行錯誤の積み重ねでみんなで作ってきたもの。そしてまた変わっていくもの。
10人以下、スタッフ一人(立ち上げた人)、週3回、という時代が長くあり、そのあと、スタッフが増え、子どもが増え、週4日になって、というふうに、ゆっくり歩んできた。そして最近急に参加家庭が増えて、運営に余裕がでてきたそう。
保護者の不安や苦情への対応もずっとあった。幸い最初の参加家庭’(3~4家族)がみなよき理解者だったそう。恵まれていた、と何度も言っておられた。それでも、相当いろんな大変なことを乗り越えてきて、現在があるのが感じられた。
自分の目指すものの、一つの現実化した見本。見にきてよかった。
掃除に関して追記
デモクラティックスクールがみんなこんなスタイルでそうじをしているわけではないということを追記しておきます。学校によっては、その分をスタッフにお金を払って頼んでいるところもあるそうです。
いずれにしても大事なことは、みんなでちゃんと意識的な話し合いと選択をしているということ。
家庭にたとえるとわかりやすいですが、家事をみんなでどう分担してやるかとか、この部分はお金に余裕があるからアウトソースしましょうとか、ちゃんと家族で話し合って納得して決まっている状態。おかあさんがだまってたくさんやるのが美徳とか当たり前になってる、という状態がない家庭ですね、、、。
この記録には自己反省がいっぱい伴います~。
その意味でも行って大変良かったと思います。

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